日本スプライススリーブ株式会社
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スプライススリーブ物語 悲劇の阪神大震災 NMBスプライススリーブは建物を、そして市民を守りきった。 震災で倒壊したマンション('95.2.11撮影)
震災で倒壊したマンション('95.2.11撮影)
1995年1月17日。

誰もが予測することのなかった阪神大震災が、神戸・大阪の町を襲った。倒壊するビル、倒れた高速道路、悲惨な光景が全国民を震撼させた。

「私たちは継手を提供している責任がある。一刻も早く神戸、大阪で採用された全箇所を調査しよう。」 トップ自ら、社員とともに、震災直後の大阪へ向かった。

震源地付近でスプライススリーブを採用した マンション('95.2.17撮影)
震源地付近でスプライススリーブを採用した
マンション('95.2.17撮影)

日本スプライススリーブの継手は耐震性が高いということが特徴の一つであった。関西では明石と特に被害の大きかった淡路を結ぶ明石海峡大橋をはじめ、約65,000箇所に採用されていた。それをこの目で確かめたかった。

気の遠くなる確認作業が始まった。大学の研究室とともに約1ヶ月をかけ、全データを収集した。確認にあたったメンバーは皆驚いた。なんと採用されたすべての箇所について、全く継手の損傷は見られず、建物も、住民も無事だった。皆は確信した。我が社のスプライススリーブを広めることが、建物を、そして人の命をも救うことになることを。

あれから時は流れ、高層ビルは建設ラッシュを迎えている。今こそ、あの震災の教訓を活かし、この「継手」をもっと広めることで、安全な都市づくりの一端を担わなければならない。採用が決まった汐留の超高層マンションを見ながら、社員一同、心に誓った。